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2008年7月

みちのく 芭蕉の足跡を尋ねて

芭蕉の旅三日目になりました。今日は一番行きたかった羽黒山です。

Photo_3 最上川のホテルの主人が、是非行って見るようにと薦めてくれたので車ででこぼこ道を15分ほど山に入って行きその景色に圧倒され言葉もでなく見とれていました。写真を見てください。(これは芭蕉には関係ありませ ん) こんな巨木が何十本もありました

Photo_4まむしに注意の看板に冷や冷やしながら

   

Photo_9月山、羽黒山、湯殿山の三神を合祭した日本随一のPhoto_6大社殿の合祭殿は湯殿山の頂上そこから2446段下ります

Photo_10 参道の石段は2446段途中の石段に盃やひょうたん蓮の花など33個彫られているといわれてこれを全部見つけた人は願いがかなえられるという。残念ながら時間が無いので途中まで下って見ました。

Photo_13 2446段の下り終わった処からこんどは、五重の塔の所まで登ります。

祓川に架かる赤い神橋は出羽三山に参拝する人々全てこの川で身を清めたそうです。

Photo_15 樹齢350年以上の杉木立の中で圧倒的存在感です。高さ29.2m,柿葺きの素朴造りで周りの杉が塔を緑に染めています。

Photo_16 大木に囲まれた階段を登れなかったのは心残りでした。

有難や雪をかほらす南谷(芭蕉)

涼しさやほの三日月の羽黒山(芭蕉)

機会があったら是非もう一度行って見たいと思います。

Photo_19  象潟(きさかた)秋田県と新潟県の堺位の所です。象潟は芭蕉が深川を発った時から楽しみにしていた所です。芭蕉が行ったころは、松島ほど広くないが入江の中に無数の小島が散在していたそうです。

Photo_20 象潟や雨に西施がねぶの花(芭蕉)

芭蕉を感動させた入り江も今は全くありません、芭蕉が象潟を訪れてから150年ご鳥海山一帯を襲った大地震で、海底が約2.4mも隆起して潟の水が失われ、陸地になってしまったので、今では田んぼの中にわずかに大小の丘がありかっての島の名残を残しています。

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みちのく 芭蕉の足跡を尋ねて

Photo 芭蕉の旅二日目、投稿が遅くないました。天童のホテルを出て、立石寺に11時これから1100余段の石段を登ります。登り初めに立つ芭蕉と曾良の像

閑さや岩にしみ入蝉の声(芭蕉)

Photo_2 石段が山頂まで続く杉木立、うっそうとした木々が覆う山肌に幾つもの堂宇が点在する様は圧巻でした。登りつめて、芭蕉の心がほんの少し理解出来るきがしました。

Photo_3 Photo_4

2時間余ようやく下りて来て売店でコンニャクで一休み

Photo_5 五月雨をあつめて早し最上川(芭蕉)

静かな流れをゆったりと両側の山々には自然の杉の木が覆い一度も木を伐採したことがないそうです。

Photo_6 朝のテレビ放送で有名な「おしん」の撮影場所です。

Photo_7 船の案内の方と、山形の民謡を英語で歌ってくれました。

川下り終えて宿に最上川のほとりの静かで、可愛いうさぎが出迎えてくれ、もてなしも、料理も良かったので、旅の疲れも摂れました。もう一度行って見たいとおもいます。

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みちのく 芭蕉の足跡を尋ねて

芭蕉の勉強中です。そこで芭蕉が歩いた所に行ってみようと計画を立てた後に地震がありましが少し行き先を変更して出掛けました。

Photo_2 福島県白河の関(芭蕉の足跡の関所の一番最初)広大な一角に立つ芭蕉と曾良の像

「卯の花をかざしに関の晴着哉」曾良

  Photo_7 仙台市多賀城とは奈良時代から平安時代にかけて陸奥国府、蝦夷征伐のための鎮守府が置かれていたところ。

階段が続き此の丘の上に城跡を修復しています。

芭蕉がこの石段を下って「壺の碑」まで歩いたと言うので私達も段数は判りませんが下ってみました。疲れたー

Photo_8 日本三古碑の一つ「壺の碑」

中が暗いのでちょと読みにくいが百四十一文字が刻まれた石碑があります。芭蕉が訪ねた頃はお堂はなく一千年の風雪に耐えて来た古代碑を眼前に見ることができ、生き長らえた冥利であると嬉しく思わず涙がこぼれる程感激したのだという。

Photo_10 尾花沢の紅花Photo_11

調度紅花祭りで満開でした。

ちょと気取ってハイポーズ

 

一日目が終わり天童のホテルに 無事に一日が終わり楽しかった旅にビールで乾杯

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